
宿泊業は、サービス業の中でも顧客体験の満足度が直接的に経営に影響する非常に繊細なビジネスです。
特に中小規模の宿泊施設では、ちょっとした判断ミスが経営危機に直結することもあります。
今回は、多くの宿泊業者の事例や経営指導経験を基に、「経営者がやってはいけない5つのこと」を厳選し、解説いたします。
これからの経営に活かしていただければ幸いです。
1. 顧客目線を忘れる接客体制
宿泊業では「お出迎え」から「チェックアウト」までの体験すべてが評価対象となるため、単なる挨拶や笑顔だけでは不十分です。
たとえば、「いらっしゃいませ」の声がけ一つをとっても、マニュアル的なものか、心からのおもてなしなのかはお客様には伝わるものです。
接客を“仕事”と捉えるのではなく、“感動提供の場”として捉えることが重要です。
お客様の名前を覚えて呼ぶ、話を傾聴するなど、小さな行動が顧客満足度を大きく左右します。
また、クレームに至らない「感じの悪さ」による顧客離れは、リピーターを減少させる大きな原因です。
接客の標準化・マニュアル化と同時に、「共感力」や「空気を読む力」を重視した人材育成が求められます。
これらのことを実践するためには、従業員満足、モチベーション管理が必要になってきます。
2. 売上の数字しか見ない経営判断
売上は確かに大切ですが、経営の本質は「利益」にあります。
たとえば、客数は増えても、原価率や変動人件費率が悪化すれば、利益は一向に増えません。
宿泊業における利益計算は、「宿泊単価 × 宿泊者数 ×(1−原価率−人件費率)」で表されることが多く、数字のバランスを取ることが求められます。
さらに、安易な値下げ競争に走るとブランド価値が毀損され、回復には時間がかかります。
価格を下げるのではなく、付加価値を高めて単価を維持する工夫が必要です。
たとえば、地域限定の体験ツアーや地元食材を使った特別メニューの提供は、顧客満足と利益率を同時に高める方法として有効です。
売上だけに一喜一憂せず、「粗利率」「回転率」「固定費の推移」「CPA(集客単価)」など、多面的に経営数字を分析する視点を持ちましょう。
3. インターネット活用の軽視
コロナ禍を経て、宿泊予約の多くがスマートフォン経由で行われる時代となりました。
にもかかわらず、自社ホームページの更新が数年前から止まっていたり、SNSを活用していない宿泊施設は今なお少なくありません。
特に小規模事業者にとっては、インターネットこそが全国に向けた無料・低コストの広告媒体であり、販路拡大の生命線です。
OTA(Online Travel Agent)に依存するのではなく、自社サイトでの直販比率を高めるための努力をしましょう。
SEO対策を施したブログ発信、地域イベントと連動したキャンペーンなど、「見つけてもらう工夫」を常に行うことが重要です。
また、Instagramなど、SNS広告の活用も非常に効果的です。
4. 独りよがりなサービス提供
宿泊施設の魅力は「自分が良いと思うもの」ではなく、「お客様が喜ぶもの」にあります。
これはマーケティングの基本、「プロダクトアウト(自社都合)」から「マーケットイン(顧客志向)」への転換です。
例えば、豪華な設備を導入しても、それを魅力と感じない顧客層には響きません。
逆に、小規模でも清掃が行き届き、スタッフとの距離が近いアットホームな雰囲気が好まれる層には、過度なラグジュアリーさが逆効果になることもあります。
また、「サービスの標準化」と「個別対応」のバランスも重要です。
誰にでも同じ対応をすることは効率的ですが、顧客満足度は個別対応でしか高まりません。
チェックイン時に「お祝い旅行」とわかれば、ちょっとしたメッセージカードや一輪の花を添える、そんな気遣いが、クチコミ評価に直結します。
5. 変化に対応しない経営姿勢
宿泊業に限らず、どの業界でも「変化に適応できる者」が生き残るのが原則です。
宿泊業でも、団体旅行から個人旅行へのシフト、和室よりも洋室・多目的スペースの需要増加、ワーケーション・長期滞在ニーズなど、顧客ニーズは日々変化しています。
それに対して柔軟に対応できない施設は、取り残されるリスクがあります。
AI予約、キャッシュレス決済、多言語対応など、テクノロジーへの最低限の対応も求められる時代です。
自分たちが「不慣れだから」「面倒だから」と避けるのではなく、「お客様が期待しているから」導入する姿勢を持ちましょう。
おわりに
宿泊業の経営は、単に部屋を貸すだけのビジネスではありません。
人と人とのふれあい、地域とのつながり、そして顧客体験を通じた感動の提供が求められる「総合サービス業」です。
今回ご紹介した「やってはいけない5つのこと」は、どれもつい陥りがちなものですが、裏を返せば、これらを改善するだけで経営は劇的に変化します。