
宿泊施設が抱える経営課題として、「価格競争」が近年ますます激化しています。
大手予約サイトや格安ビジネスホテル、民泊などの台頭によって、価格を下げなければ集客できないという「思い込み」が根強く存在しています。
しかし、価格を安易に下げる戦略は、利益を圧迫し、サービス品質の低下を招く危険があります。
そこでここでは、「価格に頼らず選ばれる宿泊施設」になるための価値づくりの方法を、以下のような観点から掘り下げてご紹介します。
- 顧客体験を軸にした価値創造
- スタッフによる第一印象の演出
- 地域資源との連携
- 価格以外の比較軸の提示
- ストーリー性とブランディング
1. 「最初の10秒」で心をつかむ接客力
ファースト10アカデミー代表の小野寺誠氏の著書『「最初の10秒」でお客様を笑顔にする奇跡のルール』では、接客業における第一印象の重要性が強調されています。
これは宿泊業にもそのまま応用できます。
お客様が施設に到着し、最初にフロントで受ける印象、その“たった10秒”が、滞在全体の満足度に大きく影響します。
無愛想な接客、事務的な説明、目を合わせない応対は、その後のサービス内容がいくら良くても悪印象を払拭できません。
逆に、元気な笑顔、丁寧な挨拶、名前を呼んだウェルカムトークなどがあると、たちまち顧客の安心感と好感度が高まり、価格以上の価値を感じてもらえるようになります。
宿泊施設においては、客室の清潔さや設備も大切ですが、”最初の接触時にいかに心を掴むか”ここに注力するだけでも、大きな差別化が可能です。
2. 商品・サービスの価値は「伝え方」で決まる
多くの宿泊施設が、自らの価値をお客様にうまく伝えられていないという問題を抱えています。
売れないのは買う理由をお客様に教えてない場合が多く、売れない原因は「顧客に選ぶ理由が伝わっていないこと」にあるのです。
たとえば、地元産の食材を使った朝食、こだわりのマットレス、眺望の良い露天風呂、これらを単に「あります」と伝えるのではなく、「どうしてそれが他施設よりも優れているのか」「どのような体験が得られるのか」をストーリーとして伝える必要があります。
宿泊施設のウェブサイトや予約ページで、写真や動画を使って“感情に訴える”ことが重要です。
また、チェックイン時にも手書きの案内や一言添えた声かけなど、小さな工夫で「選ばれる理由」を演出できます。
3. ワクワクする“体験”をデザインする
人はモノよりも「体験」にお金を払う時代です。
特に旅行者にとって、宿泊は単なる「寝る場所」ではなく、旅全体の記憶を彩る重要な要素です。
人は心が動いた瞬間に価値を感じます。
様々な体験を通し、お客様に楽しんでいただいたり、感動していただく仕掛け作りが必要です。
たとえば、「朝焼けとともに入る貸切露天風呂」「地元の陶芸作家と作るマグカップ体験」「宿泊者限定のナイトキャンドルツアー」など、五感や感情に訴える体験があると、その施設は“選ばれる理由”を持つことになります。
また、SNS時代においては、「映える体験」がリピートやクチコミにつながります。
例えば「ワイン風呂」「猫と泊まれる部屋」などユニークな仕掛けは、それだけで広報ツールになります。
価格ではなく“体験価値”で勝負する宿泊施設は、結果的に顧客単価が上がり、価格競争からの脱却につながるのです。
4. サービスによる差別化と「心の満足」
サービス業の特徴として、「無形性」「同時性」「非均一性」があります。つまり、同じ商品・価格でも、提供するスタッフの接客によって体験価値が変わるのです。
服装、言葉遣い、気配り、清潔感、こうした要素の一つ一つが、顧客の印象を大きく左右します。
また、スタッフのモチベーションや職場の雰囲気もサービス品質に直結します。
『モチベーションマネジメント』では、仕事の意味を感じさせ、主体的な関わりを促すことで、スタッフの意欲は向上するとされています。
一度の滞在が「また来たい」と思わせる感動体験になるかどうかは、サービスの“質”にかかっています。
単に清掃が行き届いているだけでなく、「あなたのために考えました」という“気づかい”が伝わることが鍵となります。
5. 地域と連携し「選ばれる理由」を増やす
価格ではなく“理由”で選ばれる宿泊施設になるには、自施設の枠を越えた「地域との連携」が大きな武器になります。
たとえば、地元の農家と提携した朝食プラン、近隣温泉施設とのコラボ、商店街スタンプラリー付き宿泊パックなど、地域全体を「価値づくりの舞台」に取り込むのです。
着地型観光のトレンドはますます拡大しています。
今、求められているのは、観光地を“消費する場所”ではなく、“暮らしを感じる場所”として提供する視点です。
小規模宿泊施設こそ、地域との距離感が近く、こうした連携がしやすい強みを持っています。
地元の魅力を共有し、宿泊体験に組み込むことで、価格以上の満足を提供することができます。
まとめ:価格から価値へ、“選ばれる理由”を育てよう
価格競争から脱却するためには、「価格」以外の比較軸を明確に持ち、お客様に伝える努力が必要です。
そのためには、
- 接客の質を高める(第一印象の改善)
- 商品・サービスの価値を言語化し、伝える
- ワクワクする体験を提供する
- サービス品質の向上を習慣化する
- 地域と連携して“独自の理由”をつくる
といった具体的な取り組みを、日々の経営に落とし込んでいくことが求められます。
宿泊施設が持つ“物語”や“こだわり”を見える化し、伝えることで、価格だけに依存しない強い経営体質を築いていくことが可能となります。